今は 愛妻の日よりも…
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 
 


そういえばと思い出すのは、昨年の当日が凄まじい豪雪で。
学校も臨時休校になったものの、
やった、時間が出来た…と勇んで外出したらば やっぱり大変だったこと。
それを言ったら、インフルエンザの流行以上の非常事態で、
だから学校も休みとなったのに、
そこをわざわざ出掛けるほうが悪いと、
常以上に冷たくなってた手と指先を、
言葉と裏腹、いたわるように包み込んで暖めてくれた、
自分だって相当に臍曲がりな彼だったっけ…。




ずっとずっとというそれではないながら、
生半可ではない寒さの冬であり。
そんな寒さが集約されて それっとばかりに訪のう厳冬期となり。
暦のうえでの春を告げる節季を前に、
都心でも道にうっすらと積もるほど、
時に多めの雪が <風にあおられつつ降りしきった一日で。
窓から望める雪にも飽いて、視線を頭上へ上げたれば。
帰宅の途中で乗った電車の、天井から下がってた
釣り広告のすみっこには、

 1月31日は愛妻の日です、
 奥様に愛を告げ、花束を贈りましょう、なんて

雑誌の広告に花屋が乗っかったらしいあおり文句が記されていて。
ああ、そういやそんな記念日もあったかなぁと思い出す。
高校生ともなりゃあ
恋愛がらみとか男女の機微かかわりのあれこれなぞへ
微妙に敏感になるお年頃…ではあるけれど。
進学先で出会った親友二人の熱血ぶりに比すれば、
自分なんぞはまだまだぼんやりしたもの。
時に頑迷なほど真っ直ぐではあるが、
実のところ、今の久蔵のそれはただ物知らずだったからというのが大半で。

 『あらあら、
  お顔を洗ったらすぐにも化粧水を使わなくっちゃ』と

七郎次の品があって色白な手で、
どらと頬を撫でられるのが嬉しいとか。

 『警棒の伸びが鈍いですって? どら調節してみましょう』と

平八の柔らかくて小さめの手で、
手のひらの尋を測り直されるのがくすぐったいとか。
そういうことを知り、浮き浮きと嬉しいななんて思う自分より、
彼女らは幾段も上を行っておいでならしく。
年明けの気分もすっかりと取り払われて、
次の月を迎えんというこの頃合い。
寒さが一番厳しい時期ではあるけれど、
それだけ春が近いということだというのは、
ずんと年上のお兄さんから聞いて判っていたが、

 『当日まで日があるなんて のんびりしていてたら、
  限定品とか あっと言う間に買いそびれてしまいますよ?』

 『そうそう。気を入れてかからねば。』

見栄えの華やかさとは裏腹に、
日ごろは自分と同じくらい のほほんとしていて。
最新の話題もブームも 関心が向かないなら無理から追う必要なしと
ともすりゃ泰然としておいでの、ある意味 女傑であるものが。
ずんと寒かろうが実力考査が近かろうが何のそのとし、
早いところでは先週から既に開幕しているスィーツフェアを
ハシゴするのが放課後の日課と化しておいでの
恋するヲトメの白百合さんやひなげしさんには、
正直 やや圧倒されてもいる様子の紅ばらさん。
でもでも、彼女らと一緒にいるのが一番楽しいことに変わりはないのだし。
いざと売り場へ突進してゆく彼女らを、
こちらは人いきれに負け負けになり、
待ち合い用のソファーに居残って見送ることとなったとしても、

 『ほら、これvv』
 『お試しをもらって来ちゃいましたvv』

可愛いのがあったよとか、あっさりした甘さが大人向けかもですよなんて、
自分たちのアンテナに引っ掛かった逸品を逐一教えてくれるのが、
実は甘えっ子な久蔵には
嬉しい構われ方でもあって。
そんな彼女らにもらった情報から、
今のところは吟味用、
若しくはマイチョコへと買ってしまった愛らしい包みを入れた紙袋、
大切そうに時折見下ろしては ふふvvと目許をたわめつつ、
やっとの帰宅となったのが、それでも早いめの四時半頃か。
暖房の効いていたデパートがあったQ駅から、
自宅近くの駅まで向かう在来線に乗り込んで。
その気高い見栄えからか、ついつい遠巻きにされてしまうことで、
気持ちが何とはなく切り替えられる静かなインターバルを挟んでから。
降り立ったお屋敷町の坂を、寒風に揉まれながらも、首をすくめて登りつめ。
ただ今帰りましたと、門柱のところに据えられたチャイムを鳴らせば、
お帰りなさいませというメイドさんのお声と共に、
鋼の格子仕様の門が それは素早く自動で開いて。
マイペースでそのまま進めば、
玄関側からダッシュで駆けて来たのだろ、若いメイドさんから傘を差しかけていただくのは、
この程度の距離だし、ましてや雨でなしという妙な理屈から、
雪には傘を使わない困ったお嬢様なのを、
家人の皆様全員が ようよう御存知だからこそ。
それが今日のように 都心には稀な途轍もない大雪でも、
笠地蔵のようになって帰宅するお嬢様なのを、
今日は庭師のおじさまや運転手のお兄さんたちまでが
あくまでも歩行の邪魔にはならぬよに 寄ってたかって取り囲み、
メイドのお姉さんはといえば
そこは慣れてもいての匠級の手際、
羽根のような軽い感触で
コートや髪から雪を払ってくださってという至れり尽くせり。
歌舞伎の早変わりでも見るような鮮やかさで、
コートから髪からそれはきれいに整えられて、
玄関までをご到着。
寄り道厳禁という校則は言われなくとも守っておいでで、
一旦帰宅してからのお出掛けだったのだけれども。
ちょっとした診療所の待ち合いくらいはありそうな、
広々とした玄関ロビーへの上がり框には、
毎日律義にお出迎えにと来てくれる
立派なぽっちゃり型に育ったメインクーンのくうちゃんだけじゃあなく、

 「こんな空模様の中を、
  よくもまあ出掛けようと思うものだな。」

やれやれと言いたげに 細い眉を下げての渋いお顔で
主治医のお兄さんまでもが“お出迎え”をしてくれたので。
これはさすがに意表を衝かれたものか、

 「…っ。」

慣れない人には見分けも難しいそれながら、
おおうと紅色の玻璃玉のような双眸を見張った久蔵だったのへ。
自宅であるかのようにリラックスしたいで立ち、
部屋着のようなシャツにカーディガンとスラックスという恰好の、
お嬢様の主治医でもある榊せんせえが、
こちらはおいおいと溜息交じりに肩を落として見せる。

 「………。」

ああ、三年生の受験に合わせた短縮授業なのだろう?
とはいえ、こうまで寒い中だというに、
なに? デパートやモールの催し場巡りをして来たのか?

 「………。」

こんな天気でも、女性客が多くて大変だったと?
ふん、それは自業自得だろうが。

 「………。」

あとの二人がいろいろと世話を焼いてくれる?
まあ、あやつらは気遣いの塊のような人性をしておるからな。

 “それに、
  お主が存外と甘えん坊なことも
  あの二人は ようよう知っておろうからな。”

それに、引き籠もりとは言わぬが、必要のない外出は極力したがらなんだお嬢様。
世界が狭くはならないかと、
案じはしても自分も暇ではないがゆえ、そうそう引き回してもやれなくて。
その点は大きに助かっているのだがと、
何てことない話をしつつ、二人とも行動には無駄もなく、
たかたかと歩みながら
お嬢様のお部屋までを進む。

 「大体、今はインフルエンザも絶賛流行中なのだからな。
  外出は控えよとあれほど、」

 「ワクチン。」

 「注射したから 罹患(かか)らぬとは言い切れぬのだ。
  それにこの屋敷には、お前も気に入りなチョコを作ってしまわれる
  パティシエの岩動さんもおいでだろうに。」

 「おつまみ。」

 「おやつの間違いだ。
  そうか、マイチョコとやらを ついつい買ったのだな。」

うんと頷いたお嬢様の思うところなぞ、
10年以上も傍にいたのだから
読み間違うことなぞないけれど。
さすがに、その胸の内という深みまでは、
読めなくなることも増えておいでのお兄様。

 “これがお年頃ということなのかなぁ…。”

一人前になってくれるのを喜ぶべきか、
酌めないところが出来るのは寂しいと素直に認めるべきなのか。

 「??」
 「いや……何でもない。」

話が途切れてしまったの、
どうしたの?と キョトンとしたお顔で見上げて来られてしまい。
けぶるようにふわふかの金の髪もあでやかな、
その愛らしいお顔へ、
内心焦ってしまわれた兵庫さんだったりもして。
いつかは嫁に出すお嬢さんだと、ずっとずっと思っておいでの彼なれど、
肝心なご本人の意思というものも、
いつかは訊いてやってあげたげて下さいねと、
誰とは言わぬがついつい突っ込みたくなるような、
相変わらずなこちらのお二人だったりするようでございます。





    〜Fine〜  15.01.31.



  *愛妻の日は、
   日比谷花壇さんのキャンペーンのせいか、
   少しずつ浸透しつつあるようですが、
   そんでも十代の女子高生にはあんまり関係ないですからねぇ。
   元はお侍の彼女らの場合、
   節分の恵方巻きより、その後のチョコレートに<関心が向いているのは、
   なかなかの進歩かも知れません。

   甘い物は好きだけど、
   福袋やバーゲンじゃあるまいに、突進してまで買い求めるものではなかろうと、
   そこだけは あとの二人とは関心の深さに差があるらしい久蔵殿なようでして。

   「何ですて?
    兵庫さんて結構好みはぶれないから、
    同じブランドの同じシリーズを用意すれば
    間違いないですって?」

   「それって…。
    (久蔵殿のかわいらしい不器用さを慈しんでのことかも)」

   七郎次さんの心のうちの声に賛同したい人、手を上げて。(笑)

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